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六十干支:なぜ120ではなく60なのか

六十干支は、天干10と地支12を順に組み合わせてできる60の干支です。10と12の最小公倍数が60なので、60回目に最初へ戻ります。

天干が10、地支が12。掛ければ120です。ところが六十干支は60です。この記事はその差がどこから来るのかから始めます。

1. なぜ120ではないのか——積ではなく噛み合わせだから

天干と地支は自由に組み合わされません。 それぞれが順に回り、同じ位置で出会います。

天干:甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸 甲 乙 …  (10周期)
地支:子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥 子 …(12周期)
       ↓  ↓  ↓
     甲子 乙丑 丙寅 …

二つの歯車が噛み合って回るとき、最初の位置へ揃って戻るのは10と12の最小公倍数である60回目です。120は二つの集合の積であり、60は二つの周期が再び出会う地点です。

ここから一つの帰結が出ます。甲丑や乙子のような組み合わせは存在しません。 甲はつねに偶数位置の地支(子・寅・辰・午・申・戌)とだけ出会い、乙はつねに奇数位置とだけ出会います。

理由は10も12も偶数で、偶奇がずれないからです。命理学はこれを陰陽で説明します——陽干(甲・丙・戊・庚・壬)は陽支と、陰干(乙・丁・己・辛・癸)は陰支とだけ組みます。数学的事実と理論的説明が同じものを指しています。

ですから120のうち実際に存在するのは半分の60です。

2. 何に使われるか

六十干支は四柱推命の四つの柱すべてに使われます。年柱・月柱・日柱・時柱がそれぞれ一つの干支を持ちます。

  • 年柱は60年ごとに戻ります。生まれ年の干支に再び出会うのが還暦です——61歳で自分の生まれた干支に再会します。
  • 月柱は節気が定めます。暦の一日ではなく節入りの瞬間に変わります。
  • 日柱は途切れず60日周期で回ります。この連続性が計算の基準点になります。
  • 時柱は二時間ずつ十二です。

とくに日柱が重要です。年・月・時は暦法の規則で決まりますが、日辰は基準日を一つ定めてそこから数える方式です。このサイトの四柱推命計算も同じ構造を使います。

3. 六十干支一覧

下の表は、このサイトの四柱推命エンジンが実際に使う順序そのままです。別に書き写したものではなく、同じデータから生成しました。

旬12345678910
甲子甲子乙丑丙寅丁卯戊辰己巳庚午辛未壬申癸酉
甲戌甲戌乙亥丙子丁丑戊寅己卯庚辰辛巳壬午癸未
甲申甲申乙酉丙戌丁亥戊子己丑庚寅辛卯壬辰癸巳
甲午甲午乙未丙申丁酉戊戌己亥庚子辛丑壬寅癸卯
甲辰甲辰乙巳丙午丁未戊申己酉庚戌辛亥壬子癸丑
甲寅甲寅乙卯丙辰丁巳戊午己未庚申辛酉壬戌癸亥

4. よくある誤解

「干支は1月1日に変わる」。 四柱推命の年柱は新暦1月1日でも旧正月でもなく立春に変わります。ですから1月生まれと2月初め生まれで分かれることがあり、その境界は日付ではなく立春の節入り時刻です。

「日柱が性格を決める」。 日柱は四柱の一つであり、命理学の中でも残る三柱との関係と併せて見ます。日柱だけを取り出して性格を断じる読みは、その体系の中でも部分的です。

「六十干支は四柱推命専用だ」。 六十干支は暦法の道具です。甲午改革(1894)、壬辰倭乱(1592)、丙子胡乱(1636)のように歴史的事件の名が干支から来ています。60年周期で同じ名が繰り返されるため、史料では前後の文脈でどの干支かを判じます。

5. このサイトはどう計算しているか

このサイトの四柱推命計算は干支表を引かず、指数で計算します。天干は10周期、地支は12周期でそれぞれ余りを求めて対を作ります。上の表も同じコードから出たものです。

月柱の境界は太陽黄経で定めます——立春315°から30°ずつ区切ります。ですから暦の日付ではなく節入り時刻が基準になります。

参考文献

李純之・金淡 (1444) 七政算内篇 — 漢陽を基準に干支と暦日を計算した朝鮮の暦法書。

韓国天文研究院(KASI) 特日情報 Open API — 節気の節入り時刻を公示。月柱境界の検証に用いる。

『朝鮮王朝実録』 — 干支で日付と事件を記録した一次史料。六十干支が暦法の道具として使われた実例。

国立民俗博物館 『韓国民俗大百科事典』 — 還暦など六十干支に関わる歳時・儀礼の項。

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