芸術療法の素材と色彩 — 表現療法連続体、流動的・抵抗的な素材、色と感情の研究
なぜあるクライエントには絵の具を、別のクライエントには鉛筆を手渡すのでしょう? 表現療法連続体(ETC)の四つの水準、素材の流動性とコントロール、30か国の研究から見た色と感情の結びつき、そして「色で心を診断する」という主張の限界まで、大学レベルで整理しました。
最終確認 2026-09-29
素材選びは治療的な判断です
芸術療法で、どの素材を手渡すかは単なる準備ではなく治療的な介入です。同じテーマでも、水彩で描くときと鉛筆で描くときでは、湧いてくる感情やコントロール感が違うからです。
表現療法連続体(ETC)
カギンとルースブリンク(Kagin & Lusebrink, 1978)が提案し、ヒンツ(Hinz, 2020)が整理した表現療法連続体は、美術体験を四つの水準に分けます。下へ行くほど単純で感覚的な処理、上へ行くほど複雑な認知的処理です。
| 水準 | 一方の極 | もう一方の極 | 活動の例 |
|---|---|---|---|
| 創造的水準 | 四つの水準を統合する創造的体験 | 自由制作 | |
| 認知/象徴 | 認知:計画・順序・問題解決 | 象徴:個人的な意味と隠喩 | 構造化されたコラージュ/自分の象徴を描く |
| 知覚/情動 | 知覚:形・線・構成 | 情動:感情の直接的な表現 | 輪郭を描く/絵の具を流す |
| 運動感覚/感覚 | 運動感覚:リズムと動き | 感覚:触感・質感 | 粘土をたたく/指絵 |
治療者は、クライエントが一つの水準にとどまっていないかを見ます。たとえば感情に圧倒されているクライエントには形をとらえる知覚的な活動で落ち着きを助け、頭だけで過度にコントロールしているクライエントには感覚的な活動で感情に近づけるよう助けることができます。
流動的な素材と抵抗的な素材
素材は、どれだけ簡単にコントロールできるかによってスペクトラムをなします。
| 素材 | 性質 | 治療的な使い方 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 鉛筆、色鉛筆 | 抵抗的、コントロールしやすい | 構造と安心感、細かな表現 | 感情表現が限られることがある |
| オイルパステル、クレヨン | 中間 | 色の強さ、ぼかしも可能 | |
| 水彩・テンペラ | 流動的 | 感情の流れと解放 | コントロールを失う感覚、退行を誘うおそれ |
| 粘土 | 抵抗と流動のあいだ、立体 | 触覚・身体の体験、攻撃性の安全な表出 | 感覚の過負荷のおそれ |
流動的な素材は感情を解き放つのに役立ちますが、トラウマを経験した人や圧倒されやすい人には、かえって不安を強めることがあります。そのため治療の初期にはコントロールしやすい素材で安心感をつくり、少しずつ流動的な素材へ広げていくことが多いのです。
色と感情:研究が示すこと
「赤は怒り、青は憂うつ」のように色と感情を結びつける話はよくあります。研究は何を示しているのでしょう?
ヨナウスカイテら(Jonauskaite et al., 2020)は、30か国4,598人に12の色と20の感情の結びつきを尋ねました。その結果、赤と愛・怒り、黄色と喜び、黒と悲しみのように、国を越えて似たパターンがありました。同時に、言語的・地理的に近い国ほどパターンが似ており、たとえば白が悲しみと結びつく程度は文化によって違いました。東アジアで白が弔いの色であることを思い出すとわかりやすいでしょう。
ここで大切な区別があります。
- 連想の研究は、「人々がこの色を見るとどんな感情を思い浮かべるか」を示します。
- しかし「この人は赤をたくさん使ったから怒りが強い」のように、色の使い方で個人の状態を診断する根拠にはなりません。色の選択は気分だけでなく、使える画材、個人の好み、発達段階、文化によって変わるからです。
ですから芸術療法で色は解釈の正解ではなく対話の出発点です。「この色を選んだ理由はありますか?」「この色からどんな感じがしますか?」のように、クライエントに意味を尋ねるのが原則です。
セッションでの素材と色の活用
- 選択肢を与える:素材や色を選べるようにすること自体が、コントロール感と自律性を高めます。
- 感情の色地図:体の輪郭の中を今感じている感情の色で塗ってもらい、色の意味はクライエントが決めるようにします。
- 素材の切り替え:ある素材で行き詰まったとき別の素材に移ると、ETCの別の水準を体験できます。
確認問題
問題1. 最近事故にあって不安になりやすい成人のクライエントの初回に、大きな紙に水彩絵の具を自由に流す活動を提案しました。何が問題でしょう?
解説. 水彩絵の具は流動的な素材なので、コントロールを失う感覚を強めて不安を高めるおそれがあります。初期には鉛筆や色鉛筆のようなコントロールしやすい素材で、まず安心感をつくるほうがよいでしょう。
問題2. ある子どもが絵に黒をたくさん使いました。「憂うつだという意味」と解釈してよいでしょうか?
解説. いけません。色と感情の連想は集団レベルの傾向にすぎず、個人の色の使い方で状態を診断する根拠はありません。黒がいちばん濃くて見やすいから、好きなキャラクターの色だから選んだのかもしれません。まず子どもに理由を聞いてみることです。
参考文献
- Kagin, S. L., & Lusebrink, V. B. (1978). The expressive therapies continuum. Art Psychotherapy, 5(4), 171–180.
- Hinz, L. D. (2020). Expressive Therapies Continuum: A Framework for Using Art in Therapy (2nd ed.). Routledge.
- Lusebrink, V. B. (1990). Imagery and Visual Expression in Therapy. Plenum Press.
- Jonauskaite, D., et al. (2020). Universal patterns in color-emotion associations are further shaped by linguistic and geographic proximity. Psychological Science, 31(10), 1245–1260.
- Malchiodi, C. A. (Ed.). (2012). Handbook of Art Therapy (2nd ed.). Guilford Press.