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成人と高齢者の芸術療法 — 段階的なトラウマ治療、悲嘆の新しい理解、ライフレビューと認知症

トラウマを経験した成人とは、どんな順序で作業するのでしょう? 悲嘆の5段階は本当に順番どおりに来るのでしょうか? ライフレビューと遺産づくり、認知症と美術の関係、そしてコクラン・レビューが示すエビデンスまで、大学レベルで整理して課程を締めくくります。

最終確認 2026-09-29

この章は学習のための一般的な情報です。トラウマや喪失で日常が崩れつつあるなら、専門家の助けを受けてください。自分を傷つけたい気持ちがあるときは、すぐに地域の緊急番号や「いのちの電話」などの相談窓口に連絡してください。

成人のトラウマ:段階に合わせて作業する

精神科医ハーマン(Herman, 1992)は、トラウマからの回復を三つの段階で説明しました。

  1. 安全の確立:まず体や日常、人間関係の安定をつくります。
  2. 想起と服喪:安全が確保されたあとで、トラウマの記憶を扱い、失ったものを悼みます。
  3. 日常とのつながりの回復:新しい関係と意味を積み上げていきます。

芸術療法もこの順序に従います。最初の段階では、安全な場所を描く、決まった枠の中で作業する、コントロールしやすい素材を使うといった方法で安定感をつくります(2章の素材選び参照)。準備ができていないうちにトラウマの場面を描かせると、再トラウマ化の危険があります。

EMDRのようなエビデンスに基づくトラウマ治療と美術を組み合わせる試みもあります。ただし、そうした統合的な方法そのものの効果を検証した研究はまだ少ないため、確立した治療の枠組みを守る補助の道具として使うほうが安全です。トラウマ治療全般のエビデンスは、心理療法を研究で理解するで扱っています。

悲嘆:段階モデルを超えて

キューブラー=ロス(Kübler-Ross, 1969)の否認・怒り・取引・抑うつ・受容の5段階は、もともと死を目前にした患者へのインタビューから生まれたものでした。このモデルは死別全般に当てはめられて広まりましたが、研究は別の姿を示しています。

  • ストローブ・シュット・ボーナー(Stroebe, Schut & Boerner, 2017)は、悲嘆が決まった順序の段階をたどるという根拠は乏しく、段階に合わないと「悼み方が間違っている」と感じさせる副作用があると警告しました。
  • 二重過程モデル(Stroebe & Schut, 1999)は、悲嘆する人が喪失そのものにとどまる喪失志向と、変わった生活に適応する回復志向のあいだを行き来することが健康な過程だと説明します。
  • 継続する絆の考え方(Klass, Silverman & Nickman, 1996)は、故人との関係を断つのではなく、新しい形でつなぎ続けることも健康な悲嘆の一部だと見ます。

芸術療法では、故人を偲ぶメモリーボックスや、故人に宛てた絵の手紙のように絆を表す作業と、変わった日常を描く作業を交互に使うことができます。

高齢者:ライフレビューと遺産

老年精神医学者バトラー(Butler, 1963)は、高齢者が人生を振り返るライフレビューは病的なとらわれではなく、人生をまとめ統合しようとする自然で意味のある過程だと考えました。エリクソンが老年期の課題とした統合対絶望にもつながります。

  • 人生の年表を描く:人生の大切な出来事を一枚の絵やコラージュに並べます。
  • 遺産プロジェクト:孫に残す絵本や家族のレシピカードのように、次の世代に伝える作品をつくります。
  • 感覚への配慮:視力や手の力を考え、太い道具、大きな紙、コントラストの強い色を用意します。

認知症と美術

認知症が進んでも、創作や鑑賞の力が比較的長く残ることがあります。なじみのある素材や繰り返しの動作は不安を減らし、言葉でのやりとりが難しい人にとって表現の通り道になりえます。

しかしエビデンスはまだ限られています。コクランの系統的レビュー(Deshmukh, Holmes & Cardno, 2018)は、認知症の人への芸術療法の研究2本を検討し、認知機能、抑うつ、生活の質などへの効果を判断するにはエビデンスが十分でないと結論づけました。ですから美術活動は、認知症の進行を遅らせる治療というより、楽しみと尊厳、関係を守る活動と見るほうが正確です。

課程を終えて

この課程では、芸術療法の歴史と理論、素材、アセスメント、技法、ライフステージごとの応用を見てきました。各章で繰り返したメッセージは二つです。第一に、美術は言葉では届きにくい体験に近づく強力な通り道です。第二に、その効果のエビデンスはまだ積み重ねの途中なので、絵を診断の道具のように使ったり、確立した治療の代わりにしたりしてはいけません。

確認問題

問題1. 交通事故から1か月の成人のクライエントの初回で、「事故の場面を描いてみてください」と頼みました。ハーマンの段階モデルに照らして何が問題でしょう?

解説. 最初の段階である安全の確立なしに、記憶を扱う作業へいきなり入っています。再トラウマ化の危険があるので、安全な場所を描くといった安定感をつくる作業が先です。

問題2. 配偶者を亡くしたクライエントが「まだ怒りの段階を経ていないのですが、大丈夫でしょうか?」と尋ねます。どう答えられるでしょう?

解説. 悲嘆が決まった段階を順番にたどるという根拠は乏しいのです。二重過程モデルのように、喪失にとどまる時間と日常に適応する時間を行き来するのが自然な過程だと伝えることができます。


参考文献

  • Herman, J. L. (1992). Trauma and Recovery. Basic Books.
  • Kübler-Ross, E. (1969). On Death and Dying. Macmillan.
  • Stroebe, M., Schut, H., & Boerner, K. (2017). Cautioning health-care professionals: Bereaved persons are misguided through the stages of grief. OMEGA—Journal of Death and Dying, 74(4), 455–473.
  • Stroebe, M., & Schut, H. (1999). The dual process model of coping with bereavement: Rationale and description. Death Studies, 23(3), 197–224.
  • Klass, D., Silverman, P. R., & Nickman, S. L. (Eds.). (1996). Continuing Bonds: New Understandings of Grief. Taylor & Francis.
  • Butler, R. N. (1963). The life review: An interpretation of reminiscence in the aged. Psychiatry, 26(1), 65–76.
  • Erikson, E. H. (1982). The Life Cycle Completed. Norton.
  • Deshmukh, S. R., Holmes, J., & Cardno, A. (2018). Art therapy for people with dementia. Cochrane Database of Systematic Reviews, 9, CD011073.